目的無き合目的性への理由なき反抗(The Retrospect of FY2025)

 年度末ということで,この一年間を振り返ろうと思う.毎度のごとく,個人的に重要な出来事や失敗体験を書いていく.


専門について

 自分の人生において最も重要な要素が前秋に決定された.それは,将来の研究者としての方向性に影響を与える専門分野の決定,すなわち研究室配属である.非常に幸運なことに第一志望の研究室に入ることができたので,新年度からは非常に充実した研究生活を送ることが出来そうである.

 この研究室のメインテーマである超分子化学は,筆者が浪人生のときから気になっていた分野の一つである.高校までの化学は,理論化学・無機化学・有機化学の三つがメインであり,化学史で言えば,ほとんど19世紀程度までの内容しか扱っていなかった.学習内容が暗記に偏るのも必然で,この時代の化学は実験結果をデータベースに保存しておくような,経験の学問としての側面が強かった.当時の自分の化学知識は高校レベルだったので,高分子化学や錯体化学などの,「皆が価値に気づいていなさそうな」領域に興味があった.高校の教科書では高分子は専ら暗記,錯体は見開き一つ分しか載っていないのである.そういった「皆が知らない」領域こそもっと深く知りたいと思って,背伸びして大学の研究室を調べることがあった.高分子や錯体の学術研究を知るにあたって,関連して【超分子化学】なる分野があることを知った.分子集合体を扱うこの領域については,高校の教科書に全く記載がなく,非常にロマンに溢れていた.後に知ったことによれば,錯体は超分子の一領域と言えないこともなく,さらに超分子でポリマーを作る研究もある.こうして高分子と錯体という二つの点が,超分子という一本の線で繋がったような感触を覚え,漠然とではあったが超分子に魅了されていった.


2025失敗のハイライト

 今年も例年にもれず,色々な失敗をした.その中でも,最も時間スケール的に大きなものは,【学校の成績に残る勉強をもう少しやっておくべきだった】という失敗である.筆者の在籍するコースでは,成績の良い者は研究室選びの希望が通りやすく,院試免除にもなりやすい.成績が(多分)底辺なのに謎の豪運で希望が通ったことで,研究と院試対策を同時にこなすスーパーハードワーカーになることが約束された.「本質的に大学は自由に勉強するところ」だと言って格好つけていないで,ちゃんと成績になる勉強をしておけば良かったと少し後悔している.去年の春休みにそう思って,2025年度は単位と成績のために勉強してみたら,GPAは前年比で約1.5倍にまで上昇.本当にやればできたらしい.

 失敗という観点からすればもう一つ.それは【教習所に通い始めて,途中で辞めたこと】である.この失敗の本質は,「辞めたこと」ではなく「通い始めたこと」にある.本当は全く車を運転しようと思っていないのに,入校してしまったのである.とはいえ,多くの人は『車の免許くらい持っておいた方が良い』と主張する.無いよりは有る方が良い,というのは尤もらしく思えるが,一度本質に立ち返るとそうでもないことが分かる.本質というのは,道具としての必要性である.車は非常に便利な道具であるが,危険性も大きい.日本国憲法で保障している自由権では,人は好きな道具を好きに選んで使ってよい.しかし公共の福祉を著しく損なう場合においてのみ,この自由は制限される.したがって免許交付を受けた者は,公共の福祉を著しく損なうことはない程度の技術を持つ者でなくてはいけない.加えて,将来的に車が無くても職業や生活にあまり支障がなさそうなので,あのタイミングでの入校は誤った判断だと理解した.さながら,勉強しない者に大学が不要なように,車が要らない者に免許は不要なのである.と言うよりぶっちゃけ,運転が自分でもびっくりするくらい下手くそだったので,全然楽しくなくて辞めたまでのことであるが..


色々と答えあわせ

 表題の通り,過去の行動から出た結果に対する様々な答えあわせができたのも今年度の見どころであった.その一つとして,自分の行動傾向の中に非常に偏った強い合目的性があったことが分かった.例として,筆者が大学の軽音サークルに全くなじめず一年次の夏には幽霊化した事態を挙げる.軽音サークルには作曲や演奏などの技術を磨くために参加したのであるが,一般的にはこのやり方では参入しないようである.多くの場合,サークルに関与することで友達を作ろうという目的があり,その手段として例えば音楽があるそうだ.2026年の2月末ごろ,一年次にサークルで出会った者が主宰しているロックバンドに,サポートベーシストとして参加したときに指摘された.

誰もお前ほどガチで音楽やってる奴はサークルにはいない


 また別の例として,大学に全く友達がいないにもかかわらずドロップアウトもせずにピンピンしているという異常事態を挙げる.先に大学生になっていた友人の何人かは,『大学で友達を作れなかった奴は死ぬ』と言っていた.流石に大袈裟ではあるが,現に孤立してドロップアウトした同期を見たので,全くの嘘ではないらしい.基本的には,孤独でも死なない人間には多少の目的意識があるように思える.すなわち,そこにいる目的が最初から明確に決まっていて,それゆえ孤独であることが憂慮すべき問題ではないということである.筆者は大学へ研究がしたくて入ったので,次の4月に漸く目的を達成できる.非常に長い道のりだった.

 さて,いま挙げた二つの事例はそれぞれ強い目的があったために,孤独が一切の変数にならなかった訳である.一般化すれば,【目的意識が強ければ,孤独や逆境などの不利な状況は問題にはならない】ということなのではないだろうか.逆に何の目的意識もなく物事に参入した場合は,筆者の教習所の経験のように有意義な結果は出てこないということである.

 社会全体として友人や恋人のような親密な人間関係が作りにくい環境・時期・時代になっている気配があるが,要するに強い合目的性があればそれらは問題にはならず,面白おかしく過ごせてしまうという訳である.これはまだ検証が必要なので確定的なことは言えないが...


 総括すると,実は多くの行動は強い合目的性によって駆動されており,それによって今年度も大きな成功や失敗を経験した.2026年度には研究に関与することができ,ここ最近4年間の大きな目的の一つが達成される.次の目的は,その研究の中で何がしたいのかを見つけることになるであろう.研究題目が確定してからは,この合目的性と目的意識をハックして面白い成果を出して,仲間や教員を怖がらせようと思う.

 研究以外に関しては,2026年度は進展があるかどうかは分からない.弊研究室の先輩曰く,『盆の帰省時に実家より研究室に帰って実験したくなった』らしいので,研究ジャンキーになること必至である.未だに友人と遊んだり博物館に行きたかったりしているが,研究と院試対策に忙殺されそうだ.しかし同時に,多くの友人が会社員や公務員として実社会に参与し,お互いに暇がなさそうである.社会人とは苦労のレベルは比較にならないだろうが,毎日の長いコアタイムを合目的性で乗り切ろうと思う.


 研究のことばっかりで,まともな人からしたらこんなのってバカみたいかい

世間の流れになんか乗れないからいっそ 逆らって抗って行けるとこまで行ってみよう
(理由なき反抗 (The Rebel Age) / a flood of circle)


Phylmer. M


0コメント

  • 1000 / 1000